出撃
一応の暖房設備はトレーラー内にも施されてはいたが、それでも十人前後の人間が乗り込める空間に、簡素な空調設備一台では心許ない。厚手のアクリル毛布で全身を包んでいる者もいれば、大気制御を可能な脳覚を保持している者は、自身の周囲数十センチのみの気温を生活に適した気温に変えていた。
「戦場に赴くのにこんなボロトレーラー使わにゃいかんとは……貧しさが身に染みる。ヴィマナが使えたら、さぞ楽だろうに」ひげ面の男が、毛布の中で蠢きながら呟いた。
ヴィマナ、か。本でしか見た事がないが、空を航行する戦闘機の一種をヴィマナと呼ぶらしい。が、このロンヴァルディア大陸では、物理的に飛行機を使用する事が出来ない。その主因は、大災厄前のロンヴァルディア大陸の政治事情に由来する。
この地方は元々、紛争が多発していた地域のため、他の地方の国家が介入し停戦協定を結んだ際、ロンヴァルディア全土の上空に超低周波網を築き上げたのだ。
結果、高度三百メートル以上での飛行はいかなる存在でも不可能。
「ハッ! レイグ、お前にゃ空なんて似合わん。このトレーラーの運転手が関の山だ」豪快な笑い声がトレーラーに響く。
低周波網は、宇宙施設であるマイクロウエーブ発電を利用しているため、現在も稼動中だと連邦政府が公式に見解を出している。これを止める装置はシークエンス大陸最南端のとある国にあるのだが、この地域はドラゴン・ウォーズでの戦闘により、荷電製の粒子が常に空気中に存在する上、放射能にも満ちているため、ロボット、人間、共に侵入は不可能とされている。
また、ロンヴァルディア外の地域で大気圏外用のヴィマナを組み立て、直接宇宙施設に赴き、この装置を止めようと試みた者もいたが、大災厄を阻止するために計画された『メテオストライクプロジェクト』で設置された超高速飛来物体自動迎撃装置『ミストルテイン』の存在により、暗礁に乗り上げ、挫折。
この超低周波網を解く事は、事実上、千年は不可能であるとされている。
「言ったなペドロ。俺が大富豪になった時、泣きついてきても、お前にだけは一銭もやらんからな」
「ぬかせ。そういう事は……せめて、この戦場を生き抜いてから口にするんだな」
トレーラーが、止まる。扉の錠が開くのとほぼ同時に、白い魔物が暴れ狂う大地へ身を投げ出す。ある者は哄笑と共に、ある者は音も無く走り出した。
「ほら、いつまでぐずぐずしてんだよ。こっちは離脱するんだから、早く降りてくれ」
その様子を見ていると、全身を毛皮の衣服で包んだ運転手が、運転席から降りてきた。ゴーグル越しではあるが、迷惑そうな視線を隠そうともしない。
それに応える事もなく、自分も一歩を踏み出す。
陰陽を腰から抜き、左腕に装着した携帯型レーダーを起動させる。
「西南、4キロ先で交戦中、か」
自分の身体には発信機が埋まっている。いや、発信機だけではないかもしれない。最悪、全ての行動を監視されていると思って動いた方がいい。
ここでグズグズしている訳にはいかない。
白一色で染め上げられた視界の中、雪煙をあげて走り出した。