浴槽の悪夢
これは、はたはたが見た夢の一部である。
知っている者もいるだろうが、はたはたはよく、夢を見る。
殺されたり、死んだり、雷に打たれたり、地割れに巻きこまれたりと、
とにかく、死ぬ事が多い。
あるいは、
やたら殺される事が多い。
この夢は悪夢の類だが、珍しく死人が出ない。
しかし、俺にとっては五指に入るほどの悪夢だ。、
題して
浴槽の悪夢
出演者は
友人A 若橘 廉之介
友人B 蝙蝠
はたはた
以上3人。
では、はたはたが見た悪夢を語るとしよう。
夢の中では、俺は若橘と蝙蝠と共にどこかへ出かけるしたくをしていた。
二人はあらかじめ俺の家に泊まっていたのか、まだ居間で寝ていた。
二人が起きる前にシャワーを浴びようかと、俺はバスルームに入った。
男の入浴シーンなど想像したくなかろうが、まあもう少し話しに付き合え。
身体を洗った俺はシャンプーを取り、髪を洗った。
バサッ、と不吉な音がすると、黒い物体が俺の足元に転がっていた。
なんだろうかと、俺はその物体を注意深く観察した。
虫か?
いや、これは全く動かない。
タワシか?
いや、風呂場にタワシは置いていないはず。
とにかく、気味が悪いので俺はそれを排水溝に流そうと立ち上がり……
鏡が、目の前にあった。
鏡には、痩せた人間が映っていた。目付きが悪く、人相はかなり悪い。
俺はしばらくして、それが誰かに似ていることに気付いた。
何を隠そう、俺である。
鏡の前に立っているのだ、眼前の鏡に映っているのは俺以外に有り得ない。
……しかし……
か、髪の毛が、ない……!
ど、どういう事だ? 何故俺の頭から髪の毛が消えている?!
頭皮をいくら触ってもそこには黒いフサフサしたあの触感は無く、無情なまでツルツルしている。
と、その時、若橘と蝙蝠が起きたのか、二人の声が聞こえてきた。
ま、マズイ!
「はたはた君? どこだい、はたはた君?」
「シャワー浴びてるのかな? はたはた君? 入るよー」
「ふざけんな! 人がシャワー浴びている時に入ってくるんじゃねえ!」
俺の怒声に、二人は渋々引き下がった模様だが、状況は予断を許さない。
今、この姿を見られたら、俺は、俺は……!
慌てた俺は、排水溝に流れかかっていた、カツラじみた『元・髪の毛』をひろいあげようとするが、
毛が排水溝に詰まって、と、取れない……!
俺は何とか髪の毛を排水溝から取り出そうと必死に足掻く。
それを取り出したところで、すでに自分がハゲている事実は変えようが無いというのに……
夢の中の俺は詰まった髪(カツラじみた髪の毛)を頭の上に乗っければ、ハゲは解消されると信じて疑わない。
「ねえ、はたはた君? あと十分で待ち合わせの時間だよ?」
少々心配そうに言う蝙蝠。
「あ、ああ! だ、大丈夫」
慌てて返答しつつ、なお排水溝につまった髪の毛を取り出そうと指を突っ込む俺。
「はたはた君、あと五分だよ?」
「ちょ、ま、待て! つい数秒前まで十分前だったろう?!」
口笛を吹き、無視する若橘。
だがマズイ……! このままでは、お、俺の髪の毛が……!
そして、ハゲのレッテルが……!
「はたはた君? もう時間だよ?」
「一体どうしたんだい?」
か、髪の毛が排水溝に流れていく……!
無慈悲にズルズルと流れていくぅ……!
「はたはた君? はたはた君?」
ドンドン、ドンドン、と二人がドアを叩く音はしかし、耳に入らない。
俺は流れてしまった髪の毛を取り戻そうと排水溝に腕を突っ込むべく、排水溝を殴りつけはじめる。
……が、そんなことをしても当然排水溝は壊せるはずも無い……
「な、なんだこの音は?」
「ちょ、はたはた君? マジで大丈夫?」
本気で心配を始める二人と正気を失いつつある俺。
なおも俺は排水溝を殴り、
二人は意を決し、浴槽への扉を開いた。
そこには世にも奇妙な友人の姿があったであろう。
素っ裸で、右の拳からは血を流し、髪の毛が消失した友人の姿を。
この夢を見た俺が、真っ先に頭に手をやり、髪の所在の有無を確認した事は言うまでもない。