別館 ハタハタとカンコ

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イクステリア2-7

決意

シンが彼の胸に突き刺さっている氷槍を融かし、近くにいたクレアがアゾットを用いて「なんでこんな、一銭にもならない事を……」とぶつくさ言いながらも、細心の注意を払って血管を焼いて塞いでいった。自分がしたことと言えば、負傷者がエトランゼ13に収容された際に、輸血の提供を申し出たことくらいだ。

「それにしても、あんたもの物好きよねぇ。別にあんたのせいじゃないじゃん」

『手を貸したんだから、ちゃんとあとで必要経費はミュンツァーの兵士連中に請求するわよ』と言っていたクレアは、医者に病状を聞く為についてきていた。曰く、どの程度の傷なのかわからないと交渉を自分のペースでうまく進められない。

「そもそも戦場に出ているって時点で、死ぬ覚悟も殺す覚悟も出来ているでしょ? 今更死にそうだってピーピー鳴かれても、殺す側からすればはた迷惑な話よ」足を放り投げ、怠惰そうにため息をつく。

……迷惑。人の命が、迷惑な話、というだけで片付けられる感覚が信じられない。

「こっちは金のために、死ぬ覚悟も殺す覚悟もちゃんとして戦場出てんだから。まぁ、どっかの誰かさんは死ぬ覚悟はおろか、殺す覚悟も出来てないみたいだけど」

「……そんなに、金が、欲しいのか、お前は?」

 顔も見ずに聞いたのだが、何となく、笑われた気がした。

「ええそりゃそうよ。人の命だって、金で買えるもの。あたしが信じるものはこの世でたった三つ。その内の一つが金」

 手術が終わったのだろう、白衣を着た医者と、それに付き添っていたルナが手術室から出てきた。医者は二言三言ルナに告げると疲れているのか、ふらつく足取りで去っていく。

「じゃ、あたしは行くわ。精々ガンバリなさい、正義の味方」

 そう言って、千鳥足の医者にマシンガンのような勢いで質問をはじめる。正義の味方、か。敵を殺さずに円満に解決する事など、物語中の正義の味方であっても難しい。

苦い思いをかみ殺しながら、椅子から立ち上がる。

「ルナ……手術は」

「命は取り留めた。ただ、回復しても運動は厳禁だ。軍は除隊するしかないだろう。まぁ、こちらとしては人命救助を行った形だ、ミュンツァーに一つカシを作る事が出来た。今後の戦闘契約に有利な条件を引き出せる材料にはなるだろう」

 ほっとすると同時に、罪悪感を感じる。除隊となれば、生活は厳しいものになるだろう。彼の生活の糧を、奪ってしまった。

「君は奇特な奴だな。兵を救助した、というのはエトランゼ始まって以来のことだ」

「仲間でも助けないのか、ここの連中は?」

「助ける奴もいるだろうが、助けない奴の方が大多数だろう。そもそもあのゴロツキ共に、仲間意識があるのかが疑問だ。ここに来るのは、金のために命を惜しまん奴等か、命の遣り取り以外に生きがいのない連中ばかりだ。そんな人間が、何の得にもならない人命救助などすると思うか?」

「シンは? あいつは、どうなんだ?」

 そう言うとルナは何事かを考えるように天井を見つめる。

「シンか……殺す必要性のない命を摘み取る事はせんが、救う事も積極的にはしないな。逆に必要なら、殺す事を、あいつは躊躇しないだろう。私の知る限り、シンが人命救助をしたという話は聞いた事が無い。シンがどうかしたか?」

「ミュンツァーの兵士の胸に刺さった氷槍を融かしたのは、あいつだ」

 ルナはその青い瞳を訝しげに細め、閉じ……そしてこちらを見据えた。「なるほど……口ではなんだかんだと言いながらも、奴は君に何か感じ入るものがあるようだな」

 どういう事だ? 意味がわからん。

「で、君は、まだ人を殺さずにここでやっていくつもりか?」

「人を殺すくらいなら、死んだ方がマシだ、とは言わない。でも、殺さないで戦っていく事だって、出来るはずだ」

 ルナは哀れみの眼差しを向けたあと、力無く首を横に振った。

「それで、今回のような事が起こってもか?」

 …………

「そこで返答に詰まる程度には分別があるか……まあいい。君の命だ、君の好きに使うと良い」それは言外に、死ぬ時は他の者を巻き添えにするな、と言われたに等しい。

 硬質な靴音が、遠ざかっていくのとは別に、もう一つの靴音が近付いてきた。

 薄い蒼の頭髪に、冷厳さを感じさせる緑瞳。そして、左半分の顔面を覆う火傷の痕。

 シンは何も言わない。ただその瞳が雄弁に物語っていた。

 同じ過ちを繰り返すようなら、俺の手で貴様を殺す、と。

 拳を握り、その背に宣言する。

「俺は、殺さないぞ。死にもしない……戦いになっても、生死だけが決着をつける方法ではない事を、証明してやる!」

 背はこちらを顧みる事も、声を発する事も無く、歩み去っていった。

今回の戦闘でカードに振り込まれた報酬を使って、自室に合成樹脂で出来た簡素な机とカレンダー、そして日記帳を持ち込んだ。

 日記に二月二十三日と日付を振り、短く記述を行う。

〔人を、切った。不気味な感触が未だ、手に残っている。止めを刺す事を躊躇った。そのためにミュンツァーの兵に重傷を負わせてしまった事は否定しない。それでも、俺は、人を殺したくない。人を殺さずに、生き延びてやる。アルムアートに必ず戻る]

 日記を閉じ、カレンダーの前に立つ。

入隊日である二月二十日から、今日の二十三日までの日付に大きく×をつけた。

 手を血に染める事無く、生きて故郷の土を踏むために。

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