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「アンジール・バレットの運送? つまり、バイト?」
胡乱げなクレアの口調に、アヌ婆さんはじれったそうに口上を重ねた。
「確かに、嬢ちゃん等にとっちゃバイトみたいなもんかね。スーツのバッテリーやアンジール・バレットのような消耗品の調達は勿論のこと、スーツやブレイン・ウエポンが破壊されちまうことだってある。そういう商品を調達するのが、アタシの仕事さね」
「それはわかってるわよ。でも、そんな事をあたし等に話してる理由がわかんない、って言ってんの」
確かに。商品を売る為に声をかけた、というのならともかく、運送の話をしている理由がさっぱりわからない。
「アンジール・バレットのストックが、もうないのか」
抑揚のないシンの呟きに、アヌ婆さんは不満げに頷いた。
「……ああ、そうだよ。レグマン社はもちろん、タフト社のアンジール・バレットも在庫切れ寸前さ。ここの連中は、エバンス社製はほとんど使わんしね」
当然だな、というシンの返答には頷かざるを得ない。高価だが、その品質及び脳覚の増幅効果はレグマン社が一歩抜きん出ている。対するタフト社は、使用者の脳に極力負荷を与えないというコンセプトで作られているため、連続使用する状況で重宝する。
が、エバンス社製のアンジール・バレットはコストパフォーマンス以外、着目すべき点が無い。粗悪品をつかまされたがために戦場で死ぬ、なんて笑い話にもならない。
「で、今回は気合いを入れて仕入れた……ただ、今はどこでも品薄な商品だから、足元を見られてね。二倍の値段ふっかけられた上、アタシ等に商品を取りに来てくれとさ」
「スーツのバッテリーは充分あるし、スーツもブレイン・ウエポンも売り付けるほどあるでしょ? エトランゼ13の消耗率はバカみたいに高いんだから、ストックだって山ほどあるのが当然じゃない? それがどうしてアンジール・バレットだけがないわけよ?」納得いかない、と言いたげにクレアは眉間にシワを寄せていた。
「ここから先の突っ込んだ話は有料だよ?」その大きな鼻を親指で弾くと、不敵に笑う。
「デルフィネスが何らかの原因でシグマタイトを出し渋っている、ということか」
確認というよりは、事実を口にして情報をまとめている様子のシンに、アヌ婆さんは苦りきった面持ちだ。多分、シンの独り言は事実なのだろう。
『アンジール』は、あくまでナノマシン。鉄鉱石等の通常の金属と混ぜ合わせても、機能は発揮されない。そこで作られたのが、三種類のレアメタルを溶かして掛け合わせたシグマタイトだ。ただ、原料であるレアメタルの埋蔵量はデルフィネスのみで四割を占めている。鉄鉱石が多量に産出されている事も手伝って、鉄鉱国とデルフィネスが呼ばれる所以である。
「なら、取引相手はデルフィネス関係者。取引場所はミュンツァー南東部、デルフィネスとの国境付近の都市。アンジール・バレットの在庫状況を考えれば、『街道』を通らず、ここから南東部まで真っ直ぐ南下か。デルフィネスとしては商売時だ。にもかかわらず何故シグマタイトを出さない……いや、待てよ」シンは目を閉じ、何事かを考え始めた。
ミュンツァー南東部は、シグマタイトを輸出しているデルフィネスと接しているため、交易都市として名高いドレスデンをはじめ、豊かな都市が数多くある。
が、ミュンツァー北部と南東部の間には、未だ大災厄の『負の遺産』である怪生物の出現が報告される地帯だ。出来る事なら近寄りたくない場所だ。一般人なら、怪生物を根絶した『街道』と呼ばれる道―かなり、迂回する事になるが―を取るのが常道だ。
しかし街道を通っていては、ここから南東部まで突っ切った場合と比較し、目的地に着くのに、往復で一ヶ月近い遅れが出る。それは、商機を逸するのと同義。
危険な道を通って荷を運ぶ為に、イクステリアの手を借りたいという事か。
「どうじゃな、ルナに事情は話して、イクステリアを数名連れて行ってもいい、という許可は貰っておる。もちろん、あんた等にも報酬は払う」
「へぇ、どのくらい?」クレアは興味津々と言った様子でアヌ婆さんを見やる。
アヌ婆さんは指を一本立てた。一万ガル、ということか。一般家庭の年収と同額ではあるが、ここでなら、数度の作戦で稼げる額。魅力的、とは言い難い。
「今回は、特別に十万ガル出そうじゃないか、ひゃひゃひゃ」
「十万! マジで?! 嘘じゃないわよね?!」
街道を通るなら、ここから南東部まで往復で一週間……これは、破格だ。
「……己は、この件から降りる。悪い事は言わん、貴様等も止めておいた方がいい」それだけ言うとシンは背を向け、こちらを顧みることなく歩き出した。
「? アイツ、こんなオイシイ話、どうして降りるの?」
クレアは首を傾げているが、降りるというシンの選択肢は、それほど以外でもない。ウマイ話には、裏があると考えて当然。街道を通らずに真っ直ぐ南下というのも、気が引ける。アイツに倣うのは癪に障るが、ここは……いや、待てよ。
「ふーむ……シンの出身地がデルフィネスだって噂は、案外本当かもね」
難しそうな面持ちで顎に手をやるアヌ婆さんの言葉が、少々気になった。
「どうして、シンの出身地がデルフィネスだと?」
「並みの奴ならいざ知らず、シンの腕があれば、今回の誘いは旨味の方が多分にある話じゃよ。街道を通らないと言っても、危険度としてはここで戦闘をこなすのと同程度か、それ以下だしね。だがそれを断った。デルフィネスに近付きたくない理由がある、と考える方が自然だろう? あの顔の火傷は、素性を隠す為にシン自身が焼いたって話もある。ひゃひゃひゃひゃ」これは金の臭いがしてきたよ、とアヌ婆さんは目を怪しく輝かせている。
「そういえばアイツの両の掌にも、火傷の痕があったわよね……顔半分だけってのも、意図的にでもやらない限りならないだろうし……アイツって、素性を問わないここでも、正体を隠さなければならないほどの超有名人?」こちらはこちらで、素性がわかればそれをネタに脅して金を毟り取れるかも、と呟いていた。
二人共、金の亡者ぶりでは負けず劣らず凄まじい。
「おいおい、ここじゃ人の過去を探るのは、ご法度なんじゃねえの?」
内容とは正反対の軽薄な声が後ろから聞こえてきた。
オールバックにした金髪と、揶揄を多分に含んだ碧眼。肌の色は浅黒く、イクステリアにしては細いと感じるその身体を、百八十?はゆうに超えているであろう長身が印象を覆している。腰のホルスターには二挺の拳銃。ただ、口径の大きさからして、通常の拳銃では有り得ない。
「ジャクソン……そんなカタイ事は言いっこなしじゃよ。お前さんも気になるだろ?」
「気になるっちゃぁ気になるけどよ。でも、オレは純粋に気になるだけだが、そこのお二人さんはこれまた純粋に金目当てなんだろう? そういうのはいただけねえ」
ジャクソンの物言いにクレアは仏頂面になり、アヌ婆さんは唇をすぼめた。
「で、さっきの話の続きなんだが、護衛役はまだ募集中かい? なんせ、オレの得物はこれだからな」その手でホルスターに収められた拳銃を軽く叩く。「アンジール・バレットがなくても戦える事には戦えるが、ストックが無いとなると、やっぱ不安でさ。調達できるなら、早めに調達したいんでね。オレが持っているレグマン社のストックも、そろそろヤベェ」
軽くアヌ婆さんにウインクをよこすと、彼女は腕を組んで考え込む。「遠距離のジャクソンに、中距離の嬢ちゃん、接近戦の坊やか。面子としては面白い」
「おい、いつ俺が参加すると言った?」承知した覚えはないぞ?
詰問に、アヌ婆さんは死神じみた不気味な笑みを向けてきた。
「坊やが助けた、ミュンツァーの兵士の手術代。立て替えたのは誰だい?」
あの時持っていた有り金では、手術代の五万ガルは払いきれなかった。
いつ戦場で死ぬかわからない俺に、金を貸してくれる相手がいるとは思えなかったが、無理を承知で借金を方々に頼み込んでいると、どこで話を聞きつけてきたのか、邪悪としか形容出来ない笑みを浮かべてやってきたアヌ婆さんが立て替えてくれたのだ。
あの時点ですでに、俺をこの運送に組み込む事を考慮し、金を貸したのだろう。
……まぁ、良いさ。よくよく考えれば、これはチャンスだ。
「……オマエ、よりにもよって、バアさんから金借りたのかよ?」
ジャクソンの顔には大きく『呆れた』という文字が書かれていた。