3-2
道路、とはとても言えない悪路を走る震動で、目が覚めた。荷のないトレーラーがカラだからか、車体の揺れが随分と激しい。軽く首をめぐらせて後ろの座席を確認すると、クレアは、シートから浮くような揺れをものともせずに眠っている。
ジャクソンは腕を組んで目を見開き、こちらをジッと見つめ……しかし、動かない。瞬きすらない。まさかとは思うが、目を見開いたまま眠っている、のか?
「おやおや、目が覚めちまったかい? でもここからは街道じゃないからね、このくらいの揺れがあと二日は続くよ」
俺の隣、前方部中央の席に座るアヌ婆さんは、そのシワくちゃの顔に笑みを浮かべていた。ポケットをまさぐると、一本のドリンクを取り出し、こちらに差し出す。
「婆さんにしては珍しい。タダでものをくれてやるなんて」運転席でどでかいハンドルを握る男の言葉に、頷きそうになる。彼の名はベネット。アヌ婆さんの助手だ。
「酔い止め用のドリンク、一本100ガルでどうだい?」
……やっぱり、タダじゃあないんだな、アヌ婆さん。
薬は感覚を鈍らせる。街道を出たというのなら、ここから先の道は危険度が増す。半径五キロ前後を索敵する動体レーダーを搭載しているが、小型であれば怪生物を捉え切れない事もある。野盗の群れはレーダーの探知波をやり過ごす塗料を装備品に塗っている。油断は禁物だ。
首を横に振り、婆さんの申し出を断って、窓の景色に目を移す。酸性の土壌を有機土壌に変換するための有機変換植物は一切見当たらず、酸性の土壌でも育つ酸性林すらない。酸性雪をやり過ごすために居住地に設置されるドームは勿論ないし、そもそも人工物で視界に収まるのは廃屋としか言いようのない寂れた建物が点在する有様。辺り一面、白い大地だ。
「この辺には酸性林もないから、吹きさらしだし、路面はめくれて荒れ放題だし、運転しにくいったらありゃしない……アヌ婆、今度は街道を通ろうよ」
「黙らっしゃい! 今、街道を通ったら、アンジール・バレットの需要が無くなるかもしれん。そしたら儲けがパーじゃないかい!」彼女の双眸にはガル、ガルの二文字。
「あーもう……リザリー様、この金の亡者を何とかして下さい、リルーク」
ベネットはそう呟くと、左手でハンドルを回しつつ右手で左胸の辺りに円を描くと、リザリー教に伝わる祈りの言葉を紡いだ。世界最大の信徒数を誇るだけあって、この祈りの言葉とジェスチャーは、リザリー教信者でない者でも知っている程有名だ。
「神様に祈って儲かるなら、リザリーでもライアスでも、シェン教の百万の神々にも、最近流行っているカリス教の悪神相手でも祈ってやるよ」しかめっ面で舌を出すアヌ婆さん。
「デルフィネスではライアス教を信仰する者が比較的多いって聞くぜ。向こうについたらリザリーの信者だって、ばれないようにした方がいいんじゃねえの、ベネット」
声は後ろから。視線を後部座席に向けると、いつの間にかジャクソンが銃の手入れをしていた。やはり、起きていたらしい。
「あー、ライアスの信者って、リザリーを目の仇にしてるからな。うん、気をつける」
確かに。しかし、リザリー教ではライアスは武神として崇められているの対し、ライアス教でのリザリーの扱いと言えば、人心を惑わす最大の悪魔だから対照的だ。
「なんだい、ジャクソンはリザリーの信者かい? それともライアス?」
「どっちでもねえけど。バアさん、なんでまたオレが信者だと?」
「いや、お前さん、やけに詳しいと思ってね。ライアスの信者に売れる品や口説き文句を知っておったら、教えておくれよ」アヌ婆さんの、神すら商売道具にしようという姿勢に苦笑しつつも、ジャクソンは銃身を点検しながら考えているようだ。
「そうだなぁ……ライアス教では偶像崇拝が禁止されているが、唯一の例外はグレクアイアって名の槍だ。これはライアスの愛用していた槍だが、ライアス教のダチの何人かは、グレクアイアそっくりな槍の形状のブレイン・ウエポン使ってたぜ。あと女性には慎み深さがなければいけないってライアス教では言われているらしい。女のイクステリア相手に肌をさらすような衣類、スーツはNGだ。頭を守るヘルムはスーツに付属していても、顔を覆う面貌は特注しないといけねえから、面貌の需要は結構あるだろうよ」
「宗教学でも習っていたのか?」偶像崇拝の禁止は知っていたが、槍の名、女性の衣類指定については学校でも、ロンデニウムでも習っていない。
「いんや。ダチにそういうのが多かったからな、自然と覚えた」そう呟いたジャクソンの声は、いつもと比べてどこか寂しげなものに聞こえた。
「……やれやれ、ようやく見えてきたぜ」ベネットの疲れが滲んだ声が耳に届く。
遥か前方に、直径で10キロ前後の小さいドームが見えた。