別館 ハタハタとカンコ

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街というより村、と言った方がしっくりくる規模のドームは、故郷のアルムアートや連邦首都のザクセンと比べれば芥子粒のようだ。が、それでも外の極寒地獄と比べれば天国。

この村の名すら知らない現状ではエネルギー源などわかる訳もないが、それでも見当はつく。こんな辺鄙な場所にポツンと一箇所だけ築かれたとなれば、大災厄前に設置された小型の地熱発電プラントだろう。電気さえあれば、そこにドームを築き、炭素と窒素を土壌に固定しつつ有機土壌に変化させるバクテリアを散布した後、酸性雪を融かし、弱アルカリ性に変換させる浄水器を設置すれば、必要最低限の生活基盤は整う。

 行商が来る事も珍しいだろうから、何らかの交通手段はあるはず。だとすれば……

「おいおい、こんなちっぽけなドームを、何熱心に見てんだ?」

 ……マズイ。目的を気取られてはならない。

「人々がちゃんと生活していけるのは、幸せなことだな、って思っていた」

 これは、嘘偽りない本心だ。だから本当の目的を、気取られる事はないはず。とはいえ、これだけではジャクソンは頭の上に疑問符を躍らせているに違いない。

「俺は、エリシオンの出身だ」

 付け加えた言葉によって、ジャクソンの顔に理解の色が広がる。

「『エリシオンの悲劇』の生き残りかよ、オマエ……」

 新暦百四十七年。ロンヴァルディア連邦はエリシオンに対し、犯罪国家ヴァレンシュタインを含む十国の連名で宣戦を布告。その原因は、連邦がつかんだ驚愕の事実にある。

『インセクト・ドラゴンの細胞を使用した生体兵器をエリシオンが開発中との情報有り』

 大災厄から七十年後。今もって原因が解明されていないが、巨大化した昆虫群、通称『インセクト・ドラゴン』が出現した。大災厄と『ドラゴン・ウォーズ』により、惑星ミラの国土は九割以上が荒廃し、人類が生存出来ない環境へと変貌した。今現在、ロンヴァルディア大陸外でどれだけの人類が生存しているのか、定かではない。

 インセクト・ドラゴンを完全討滅したものの、その恐ろしさは脳裏に刷り込まれていた人々は、エリシオンの生体兵器計画は絶対に容認出来ないものだったのだろう。

 その証拠の一つに、ドームの破壊があげられる。

 ドーム攻防戦において『都市ドームを覆う電磁場シールドが破壊された時点で、都市は無条件で降伏する。また、攻撃側も即時に攻撃を停止する』という暗黙の了解が存在する。

平均外気温零下二十八℃、土壌は大災厄時に飛来した隕石群衝突で巻き起こった粉塵と、連動して起こった火山の噴火により降り積もった火山灰によりほぼ全土が酸性土壌へと変化。そんな惑星ミラの現状で、限りある土地を戦争で破壊する事は人類の絶滅を招きかねない、という危機感から生み出された『ドーム攻防戦』における暗黙の了解。

インセクト・ドラゴンに対する恐怖心が、そうさせたのだろう。

この暗黙の了解を、『エリシオンの悲劇』の時のみは無視された。

連邦及び各国の精鋭で構成された三十六に及ぶイクステリア師団の猛威に晒され、ドームを覆う電磁場シールドはドームごと破壊され、結果、内部の都市を業火と零下が蹂躙した。

当時のエリシオンの人口が、推定で二千四百万人。遺体を確認出来た死者数、二百三万二千五百六十一人。行方不明者数、およそ二千二百万。生存者数、僅か千六百十八名。

あまりの惨状に、当時、三十六の師団を率いていた連邦副司令官レジナス・オーディン・シュピーゲルは更迭。他にも幾人かの師団長が更迭、解任されている。

エリシオンは、未だ瓦礫に埋もれ、復興のメドは全く立っていない。

「幼い俺には衝撃が強過ぎたんだろう、エリシオンでの生活や出来事、思い出はほとんど覚えていない。何せ両親の顔や名前ですら、もう思い出せないからな。俺にミドルネームが無いのは、戸籍とかほとんどの記録が焼けてしまって、わからなかったからさ」

 それでも、僅かに残された家族の遺品から、ファミリーネームが『バーンハルト』である事だけは判明した。『その人生に光あれ』という願いを込め、俺を引き取ってくれた養父のネーデルさんは、俺に『レイ』と名付けてくれた。

「唯一覚えているエリシオンの記憶は、赤い炎に全てが包まれ、灰燼に帰した街、モノとしか思えないほどに炭化してしまった人体。僅かに生き残った人々すら、ドームを破壊された事で寒さを凌げずに凍え死ぬ。そんな地獄だ」

それだけは、決して忘れてはならないもの。だから俺が、あの地獄から生還出来た事実を、この名と魂に刻み付ける為に、ミドルネームの命名は断った。

あの地獄で、俺が喪ったものを忘れない為に。

「だから人々が平穏に暮らしているんだと実感できると、それだけで嬉しい」

 ジャクソンは、理解出来ないと言いたげな面持ちで口を動かし……三度目で、やっと、口を開いた。「人伝に、オマエが人を殺したくないって聞いた時は、バカじゃねえのって思ったけど、理由はよくわかった。でもよぉ……じゃあなんだって、こんなロクでもねえ、軍隊とも言えねえ人でナシの集団に飛び込んできた?」

その言葉に、腰にある陰陽を見つめ、思う。

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