3-5
トレーラーの震動でミキサーのように振り回され、疲れ果てていたのだろう、三人とも思っていたよりも早く就寝してくれた。
俺はというと、一人物置小屋同然の狭苦しい部屋を借り、日課でもあるスーツの点検をしていた。クレアもアヌ婆さんも、俺がエトランゼ13に入隊する前はスーツ製作技師であった事を知っている。だから、スーツの点検をするため一人別部屋を借りても、不自然ではない。
懐から一枚の地図を取り出す。
今いる村は、大体エトランゼ13の基地から六〜七百キロと言った地点だろう。ここをさらに千キロほど南下し、目的地のドレスデンで商談を行う、というのが当初の予定だ。
スーツのバッテリーはスペアを含め、三本。
このドームにある、燃費の良い小型トレーラーは東部にある事を確認済みだ。
……脱走するなら、今しか、ない。
今ならクレアも、ジャクソンも寝ている。他にイクステリアはいない。発信機で位置がわかった所で、追跡者がいなければどうしようもあるまい。
スーツを着込む。陰陽の柄の握り具合を確かめ、部屋の扉を開けた。
ここから西に千キロほど進めば、中立国家ディアドラがある。エリシオンの悲劇でも、唯一中立を保った国だ。他の国家からの亡命者の大半は、ここに逃れる。
加えて、ディアドラからさらに西進すれば故郷のアルムアートだ。そこまで来れば、エトランゼ13といえども、自分のような小者をわざわざ追いかけては来ないだろう。
酸性林で作られた木製の簡素な宿を出る。
「よう、こんな時間にどこ行くんだ?」
暗くて顔までは見えない。が、声で、わかった。
「ジャクソン……お前こそ、どうしたんだ、こんな時間に?」
何気ないようにジャクソンに歩み寄る。決して脱走を気取られてはいけない。
「ん? 双子星がキレイだったからなぁ、散歩さ」
言われて、空を見上げる。ルナとネオ。惑星ミラの二つの歪な形の衛星は、しかし一つにしか見えない。互いに重なる軌道のため、今は一つに見えるのだ。
「双子星が重なる時ってのは、よくねえ事が起こるもんさ」
ジャクソンの歩みに合わせて、こちらも歩を進める。
「そうなのか? アルムアートには、そんな迷信はなかったが」
「いや、ここだけ、エトランゼ13に伝わるジンクスみてぇなもんさ」肩を竦め、彼はこちらを見据えた。「脱走者が、多いんだよ。双子星が重なる時は」
大気制御されているドーム内なのに、悪寒が背筋を這う。
「おい、俺が脱走しようと、そう思っているのか?」
「止めとけ。ここにある小型トレーラーじゃ、格納部に予備の燃料積んだとこで、三百キロ進めりゃ良い方だ。それにこの辺りは比較的安全とはいえ、街道から外れてる事には違いないんだぜ。怪生物に出くわして、オマエ一人でどうにかなんのか?」
ジャクソンは、俺の瞳から目を外さない。
「それにだ、よく考えてみろ。あのルナが、人を殺したくねぇオマエを、脱走しやすい状況下になるのを許可するか? 許可したって事は、別に思惑があるんじゃねえの?」
喉が、干上がりそうだ。「……例えば?」
「デルフィネスへ買い出しに行ってるオマエが脱走阻止されたとなりゃ、監視がエトランゼ13の外でもあるって思うわな。そうなりゃ、脱走しようって奴は少なくなる」
ジャクソンがこちらから目を離し、歩き出す。その両腕は胸の前に組まれている。銃を抜くより、間違いなく、攻撃を先に繰り出せる自信がある。彼が、双子星を見上げた瞬間、意図して俺は歩みを止めた。歩き続けるジャクソンは、スーツの駆動部が集中する背を無防備に晒している。切るより、突いて、そこから切り上げた方が、より確実に駆動部のみを破壊出来る。
……チャンスは、今、ここしかない!
黒く塗られた陰の刃を抜く。一歩を踏み出し、狙いを定めて突きを放つ。
が、唐突にジャクソンがこちらを顧みた! 駆動部だけを破壊しようと踏み込んで揮った陰が、その腹部に差し迫る。
意に反して腹部に放たれた凶器を押し留めるべく、左腕に強引な制御をかけた。スーツの装甲を突き破り、薄皮を貫いたが、それでもどうにか止まった陰を見ても、安堵する事は出来なかった。すでに目前の男は両手に持った拳銃を寸分の狂いもなく、急所である眉間と心臓に照準した状態で引き金に指をかけていたから。
「バカが。だから言ったんだ、止めておけってな」
その顔に表情はない。人を殺す苦悶も、他の傭兵が時折見せる笑みも無い。どこまでも無機的な面持ちが、俺の知らないジャクソンの顔がそこにあった。
「あのまま突いてりゃ、まだわからなかったのによ。脱走すると決めたのなら、どうして剣、止めた? 自分の命と、見ず知らずの他人や敵の命、どっちが大切だ?」
「自分だろうと、他人だろうと、命は、命だ……それに……どうして、どうしてそんな簡単に知り合った奴を殺せるって言うんだお前?! 他の場所で知り合ったなら……友達にだってなれたかもしれないのに、どうしてそんな簡単に殺せる?!」
答えを聞いたジャクソンは、そっとため息をつく。
荷電粒子がその銃口に満たされる。もう、ダメだ。避けようがない。
引き金が、引かれた。青白い光は獣の咆哮じみた音を発し、後方にある何かに直撃したのか、深夜のドームに爆発音を撒き散らした。反射的に後ろを振り向く。姿は確認出来ないが、燃え盛る大木から何者かが跳躍する音が聞こえた。
「どこの誰だか知らねえが、言っておくぜ。こいつは、脱走なんざしてねぇ! 今のはちょいとばかし、このトーシロに戦いの心構えってヤツを教えてやっただけだ。もし、まだこのトーシロを付け狙うっつうなら……オレが相手してやるぜ」
獰猛なジャクソンの宣言に、何者かは返答も、応える事も無かった。
後ろを顧みると、地面に落ちたアンジール・バレットの薬莢を見つめて「また使っちまった。残弾気にしながら撃つってのはひもじいねぇ。しかも木、燃やしちまったし……弁償しなけりゃなんねえなぁ。貧乏思考ってヤダね」ジャクソンはぶつぶつと呟いている。
「……いいのか?」俺を、見逃して?
「次はないぜ? やるんだったら、誰にも見つからないようにやってくれよ」
ジャクソンは頭を掻きながら俺の瞳を見る事無く、その場を去っていった。