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「おい、バアさん……本当に、ここが指定の場所なのか?」
ジャクソンは疑わしげな眼差しをアヌ婆さんに送っているし、助手のベネットも小首を傾げている。俺も、同感だ。商人ならこんな寂れた土地を商談場所には指定しない。
眼前にあるのは、高級ホテルでも、何十mもある高層ビルでもない。粗末な酸性林で大雑把に作られた、大きさだけは結構な規模の古い倉庫だ。しかも周りには建物らしい建物が一切ない。樹木の一本もないのだ。あるものと言えば、数百メートルばかり舗装された直線の道路だけ。辺り一帯には、人気が一切感じられない。
「相手はここで取引するって言うんだ、ならここで待とうじゃないか」
が、金の臭いでも嗅ぎ取ったのか、アヌ婆さんは地べたに腰をおろし、バッグから様々な書類を取り出し、どうすれば少しでも有利な条件で取引を行えるか考え始めていた。
「アホらしぃ。オレは美女を探しにいくぜ。リベンジだ」
「は……ハクシュン! 風邪でもひいたかな……アヌ婆、悪いけど、俺も宿に戻っていいか?」
「ダメじゃ! ベネット、お前さんはワシの助手じゃぞ! 風邪をひいたのが何だと言うんじゃい、金のため、商売のためなら命を張るのが商人じゃろうが!」
大股で中心街に向かうジャクソンを、肩を擦り、震える身体を抱きしめながら、心底羨ましそうに眺めるベネットの顔色は事の他悪い。連日の長距離運転を、たった一人でこなしたのだ。体調を整えるのも一苦労だったろうし、さすがに気の毒だ。
けど、普通に『体調が悪そうだから宿に戻らせた方がいい』と言った所で、アヌ婆さんでは『気合いで何とかしろ』という類の返答をされかねない……理詰めで攻めてみるか。
「アヌ婆さん、ベネットは帰らせた方がいい。トレーラーを運転出来ないほど風邪が悪化したらどうする? ドレスデンに長期滞在なんて事になれば、商機を逸するぞ」
む、とその白い眉が跳ね上がり、ドームの白い天井を見上げる。
「護衛は坊やがいるし、雑用をやらせても問題ないか……けどねベネット、明日までには完治させるんだよ? これでトレーラー運転出来なかったら、あんたの今月の給料」
「わ、わかった。明日までに治すよ」みなまで言わさぬように遮ったベネットは、視線で俺に礼を言うと、頼りない足取りで中心街へと去っていく。
「まったく……最近の若造は軟弱じゃ。鍛え方が足りん」
……そりゃ、アヌ婆さんから見たら大概の奴は軟弱になる。九十歳を迎えても、金と言う欲望に並々ならぬ執念を燃やし続けるなんて、そうそう出来る事じゃない。
「大体、ワシの若い頃は」「アヌ婆さん、静かにしてくれ」
……なんだ、何か、首筋の辺りが、チリチリする……
「どうし」「静かにしてくれ、頼む」アヌ婆さんの言葉を遮った俺は腰の鞘から陰陽を抜き払う。脳内物質の分泌に伴い、スーツの駆動率が上昇していく。
空気を裂く異音が背後から飛来するのを聴覚が捉えた。振り向き様右の陽をその異音目掛けて叩き付ける。鈍い衝撃が手に伝わると同時に、甲高い金属音が鳴り響く。
今度は視界で、襲い掛かってきた物体を捉える事が出来た。
銃弾。それも一般兵が使うようなものではなく、暗殺者が長距離狙撃時に使用する代物。特殊な加工を施した高速弾体。それが発射音を響かせる事無く襲い掛かってくる。
小脇にアヌ婆さんを抱え込み……銃弾から逃れるべく倉庫に飛び込もうとして、踏み止まった。ここはレグマン社の人間が商談の地として指定した場所。だが、商談相手は未だ姿を現していない……この襲撃に、商談相手が無関係と考えるのは楽観的過ぎる。
なら、指定された、この大きさだけが取り得の倉庫に、何もない筈がない!
頭部を狙った四発目の銃弾を、上体のみを動かす事でかわす。続けざまに打たれた五発目、六発目をどうにか右の陽で払う。
敵に背を向けるのは危険極まりない。だが、何とか早急に遠方へ退避しなければ。最悪、この倉庫には自分達を葬るために、爆弾が仕掛けられていると考えた方がいい。
唐突に、自分達を包み込むように炎が辺り一面に爆ぜた。
同時に、足を止めてしまった俺の頬を銃弾が掠めていく。
とうとう脳覚を駆使して攻撃を……待て。今まで狙い違わず降り注いでいた銃弾が、何故先程は頬を掠めるだけで終わった? 単なる幸運? いや、俺は足を止めていた。今までなら、あの一撃で終わりだ。しかし続けて放たれた弾丸も、これまでのように急所を狙う一撃必殺ではなく、身体のどこかを狙った狙撃に切り替わっている気がする。もしやこの炎で、相手は自分達の立ち位置を正確に捉え切れていないのか?
だとすれば……この炎は攻撃ではなく……
「口を開くなよ。開けば舌を噛むぞ!」
電磁加速を行えば、アヌ婆さんがその速度に耐え切れないだろう。イクステリアのように、肉体の負担を軽減するスーツを着ていないのだから。高齢の婆さんに耐え切れる速度で逃げるしかない。
スーツの駆動率を最大に設定。逃走のみに力を費やす。
俺が炎の壁を突っ切るのと同時に、数本の火柱があたかも背後を守るように出現した。敵に悟られぬよう、クレアが逃走の援護をしてくれているのだと確信する。理由は定かでないが、俺が炎を操っているように見える形で。恐らく、俺が未だ電磁加速を行っていないからだ。熱量操作が俺の脳覚だと敵が誤解すれば、銃弾が飛来する方角から狙撃地点を逆算する事により遠距離攻撃で迎撃される、と変に勘繰ってくれるかもしれない。そうすれば敵は攻撃より、逃走へ行動を変えるはず。
だが敵手は逃げる事など頭にないのか、ひたすら狙撃を続けている。しかも炎の目くらましにも慣れてきたのか、時折心臓や頭部を狙った弾丸があるからタチが悪い。
右手に持った陽を揮いつつ、どうにか百メートルほど後退した所で……倉庫が、炎に包まれているのが見えた。ヤバイ!
咄嗟にアヌ婆さんへ覆い被さる形で、アスファルトに倒れこむ。
轟音が轟いた。爆風が、スーツに守られた身体を嬲っていく。
後ろを振り返る事無く素早くアヌ婆さんを抱え上げ、電磁加速を開始。もはや炎による幻惑も効果が薄い。敵手が何人いるかも判明していないこの状態で、電磁加速抜きでは逃げ切る事すらおぼつかない。アヌ婆さんには申し訳ないが、どうにか耐えてくれ……!
音速に迫る速度で一気に舗装された道を駆け抜ける。建物の影に身を隠し、呼吸を整え、周囲に視線を巡らせている最中に、攻撃がなかった事に気付いた。
敵は、逃げたのか? それとも……
冷や汗を大量に掻いているアヌ婆さんの胸元から、一際大きな電子音が聞こえてきた。「ぜぇ、ぜぇ……こんな時に……!」懐から取り出した無線機の電源を即座に切ろうとするが、
『そっちは無事? 悪いけど、こっちは取り逃がしたわ』
続いて聞こえてきたクレアの声。俺はアヌ婆さんの手から無線機をひったくった。
「取り逃がしたって事は、相手はもう逃走にうつったんだな?」
『相手が一人ならね。気付かれないよう狙撃地点に向かったけど、すでにもぬけの殻……ああもうっ、ルーレットでは負けるし、ポーカーでも勝てなかったし』
クレアが炎による間接的な援護しか行わなかったのは、敵を直接叩く為か。
『……むしゃくしゃするけど、合流しましょ。ジャクソンとベネットも呼んで』
そうだな、と俺とアヌ婆さんは力無く頷いた。