別館 ハタハタとカンコ

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転んでもタダでは起きない、という言葉はアヌ婆さんのためにあるらしい。今回の商談をすっぱり諦めると、他の商人相手にアンジール・バレットを買い付けようと、用心棒代わりに俺を連れ立って彼女はあちこち歩き回った。結果、レグマン社製は用立て出来なかったが、幸いな事にタフト社のアンジール・バレットを大量に購入出来た。もっともあれは購入と言うより、商談相手の弱味に漬け込んだ脅迫だが、違法な臓器売買をしている輩には俺も同情なんてしない。と言うより、その場でとっ捕まえたかった。

 今現在アヌ婆さんは、善は急げとばかりに、体調が回復しきてっていないベネットを叩き起こし、トレーラーに買い付けた荷を運搬している。クレアはカジノで負けたらしく、その負け分を取り返すと再びカジノに戻っていった。

「ここなら、よさそうだな」

 ジャクソンと俺は、電飾で照らされた夜の街を歩いている。装飾過多と思えるほど電飾で輝くその店はダンスホールらしい。扉を開けると繁盛しているのか店内には人々の熱気が立ち込め、今流行りのポップミュージックが軽快なリズムに乗って大音量で垂れ流されていた。踊る人々には目もくれず、立ち席のカウンターに陣取った彼は「グリーンティー一つ」

「俺にはミネラルウォーターを……で、話って、なんだ?」

 やや深刻な面持ちで、ジャクソンが周囲を探るように視線を向ける。

「オレ等が一杯食わされた相手は、本当に商談相手だと思うか?」

「? どういう意味だ?」

 グリーンティーとミネラルウォーターです、とウェイターが二つのグラスを差し出す。

「今回の話は商談相手からすりゃ悪い話じゃねえ。市場全体でアンジール・バレットが枯渇気味ってぇのもあるが、二倍の値だぜ? 商売なら、普通は売ると思わねえか?」

「事情が変わったんじゃないのか? 俺達を殺す事で何かしらの利益が得られる、とか」

グリーンティーに口をつけつつ、ジャクソンはゆっくりと話し出す。

「シロ。オレは、今回の商談の存在そのものが、怪しいと思ってる」

「商談の存在? どういう意味だ?」

「こんな商談、本当はどこにもなかったんじゃねえのか、ってこと」

 ……ジャクソンの言わんとしている事が飲み込めない俺は、渋面を象った。

「バアさん、騙されたってのに、あっさり報復を諦めただろう。いや、報復を諦める以前に商談相手を探すことすらしなかった。ドレスデンくらいの規模の街なら、犯罪も多いから警察が掛け合ってくれないと考えたのかもしれんが、それにしたっておかしいぜ。あの強欲バアさんが、泣き寝入りなんてすると思うか?」

「泣き寝入りなんてする人じゃないから、すぐ次の行動に移ったんじゃないか」

 ジャクソンは、それも怪しい、と発言した俺を指差す。

「いくらこんな大きな街だからってよ、そうそう大量に目当てのブツをもった商人がいるか? しかもそのブツが市場で不足気味のアンジール・バレットで、ブツ持っている相手はバアさんの知り合いで、加えてバアさんに弱味を握られているときた……出来すぎだぜ。そもそもそんな相手がいるならどうしてそいつから買い付けねえか? そうすりゃわざわざドレスデンまで来る必要なんてねえ」一気に吐き捨て、グリーンティーを飲み干す。

 ジャクソンの的確な指摘に、背筋が、冷たくなってくる。

「ちょっと待ってくれ。じゃあ……この商談は、そもそも何が目的だったんだ?」

「オレ等の誰かを殺すためじゃねえか? 十中八九シロ、オマエだろうけどよ」

 あまりにもあっけらかんとしたその言い草に、呆然としてしまう。「何の為に? 誰が?」あくまで想像だぞ、証拠はどこにもねえ、とジャクソンは前置きする。

「脱走者の対策ってのは、どの軍隊でも重要だ。前にも言ったが、エトランゼ13を遠く離れた地でも脱走出来ないって事がわかりゃ、大きな抑止力になるだろうさ」しかめっ面でカラになったグラスをウェイターに渡し、もう一杯、と告げる。「オマエが脱走しなけりゃそれはそれで良し。脱走しようとしたら殺害し、監視がどこにでもあるってオレ等傭兵にアピールできるから、それも良し。あの時の様子から判断して、オマエが脱走の可能性有りって、監視者は判断したんだろうさ……さすがルナ。グリーンファウスト軍の総司令官、ルーの娘だ。どっちに転んでもアイツに損はねえ」

 ルー? グリーンファウスト軍のルーだと?!

「グリーンファウスト軍のルーって、エリシオンの悲劇で更迭された、元連邦のイクステリア部隊第一師団長のルー・トワイライト・エイティスか?!」

「声が大きい……!」小さく遮り、ジャクソンはため息をつく。「その様子だと、知らなかったみたいだな。ルナ・セタンタ・エイティス……アイツはルーの長女さ」

 …………胸の奥を黒く染める得体の知れない感情を、どうにか押し隠す。

「何故、奴の娘が、ミュンツァーや連邦に味方している? どうしてミュンツァーは奴の娘だと知っていて、捕らえる事もせずに野放しにしている?!」

 奴等に、エリシオンは灰燼にされた。奴等に、全て奪われた。それだけでは飽き足らず、ルーは故国のグリーンファウストでクーデターを起こし、今また戦争を起こしている……!

「どうして独自に組織を作ってまで、血みどろの親子喧嘩してんのかはわかんねぇな。後者は、利用できるからだろ。普通の軍隊ならいざ知らず、腕利きだが、犯罪者同然のゴロツキを師団単位で統率するなんざ、連邦の総司令官殿でも出来ねえだろうよ」

 ジャクソンは彼自身の頭を乱暴に掻きながらまとめた。

「オレが言いたい事は、エトランゼ13に戻っても敵がいるってことだ。バアさんやルナを問い詰めた所でホントのこと言う訳ねえし、証拠もねえ……とにかく、気ぃつけろ」

 ……だが、俺にはまだ疑問が残っている。

「何故、俺にそうまでして味方してくれる?」俺に味方する必要なんて、どこにもない。

 ジャクソンは一度、瞼を閉じ……そのまま、しばらくして、

「もう、見たくねえからさ」

 それだけ呟くと、会計を済ませてダンスホールを出て行った。

 ……ジャクソンは、何を、もう見たくないのだろうか?

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