別館 ハタハタとカンコ

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イクステリア1-2

回想1

割り当てられたロンデニウム研究機関の寮室には、荷物がほとんど残っていない。卒業後のアテはないが、それでも寮からは退去しなければならないからだ。部屋には荷造りを終えたいくつかのダンボールと簡素なテーブルが一つ、グラスが二つ、そして果汁100%のジュースの瓶が3本。

「とりあえず、レイがロンデニウム研究機関を無事卒業できた事に乾杯」

「とりあえず、って何だよ、とりあえず、って……」

 口をヘの字に曲げながらも、差し出された彼女のグラスに、こちらのグラスを軽く合わせた。

「いやいや、途中でイクステリアの養成所に一年ほど通ったじゃない。だからスーツ製作はやめて、ロンデニウムも退学してイクステリアとして軍に勤務する、って噂になってたから」

「……もしそうしてたら、どうしてたんだよ?」

 問いに彼女は、その童顔でにっこりと笑って応じた。

「ケチョンケチョンにしてでも連れ戻す」

 返答に、手にしていたグラスを落としそうになる。

「……ケチョンケチョンにしてでもって……」どういう意味だ?

「あの泣き虫のレイがイクステリアとして軍に赴く、って事はないだろうとボクは思ってたけどねぇ」

 揶揄するようなその口調と、小悪魔めいた笑みにうんざりしつつため息をつく。

「……悪かったな、泣き虫で」

 それは誇張でもなんでもなく、事実だ。幼い頃の自分はとにかく泣いていた。周りに誰もいなくなると泣く。暗く、静かな場所だと不安になってきて泣く。刃物や銃を見ても、痛そうだ、という理由だけで泣いてしまうのだから、不本意ではあるが、泣き虫という以外に適切な呼び方が見当たらない。

「しかし立派に成長したとこを見ると、ボクと父さんの教育が良かったのかな?」

「ネーデルさんの教育であって、間違ってもアスカの教育じゃない」

 それははっきりと明言できる、というか断定しておかないとまずい。

「ヒドイな。ボクは10年以上も君に連れ添っているというのに」

およよよ、とウソ泣きを、はじめるアスカを見つめ、想う。

 両親を『エリシオンの悲劇』で喪い、ヘパイストス家の養子となってから10年。イクステリア養成所に通うため、連邦の首都ザクセンに滞在したことで、はじめてアスカと長期間離れたからか、彼女の事を考える機会が多くなった。

そしてつい最近、このアルムアートに戻ってきたのだが……気付けば、彼女の一挙手一投足にまで眼がいってしまう。

(……まさか、アスカに惚れている、なんてことはないだろうな……)

 笑えない冗談だ……

「そんな顔してると幸運が逃げちゃうぞ。はい、これはボクからのプレゼント」

何気なく手渡された、飾り気のない一枚の紙。憂鬱な気分でそれを受け取り、眼を通す。

「私は、下記の条項の全てを承諾し、以下の任へ就く事を宣誓致します……ってこれ、ミュンツァーへの赴任状じゃないか!」

 ロンヴァルディア連邦の同盟国の中でも、その地理的条件から交易の要として重要な位置づけを持つミュンツァーに赴任せよ、というのがこの令状の内容だった。

 ミュンツァーは現在、大陸最大の農業国家、グリーンファウストと抗争中。ブレイン・ウエポンの製造者や、スーツ製作者を一人でも多く欲している現状がある。

 だから、ロンデニウムを卒業したばかりの、新米の自分にも令状が来たのだろう。

「これ取るのは、ちょいとばかし苦労したよ。日頃からの教授へのカシを大放出しちゃったし。ああ、ちゃんとサインしておいてよ。じゃないと無効になっちゃうから」

 おどけるように肩を竦めたアスカを呆然と見やりつつ、忘れないうちに『レイ・バーンハルト』と、最近では珍しい、ミドルネームが無い己の名前をサインする。

 よくよくアスカを見つめると、彼女のボブカットはいつもと比べれば潤いがなく、黒っぽい茶瞳の下には、化粧でごまかしているのだろうが、うっすらとクマが出来ていた。

 いかにブレイン・ウエポンの開発者『ヘパイストス家』の俊英として知られる彼女であっても、連邦内部では若輩者。国家という巨大な権力の前では、一人の小娘に過ぎない。

だから、自分のためにこの令状を得ることがどれだけの苦労を伴ったのか、想像するのはさして難しい事ではなかった。

「そういう訳だから、今日の酒盛りはレイの奢りだよ♪」

「ああ、そのくらいなら……ってちょっと待て?! 酒盛り?!」

 慌てて自分が手にするグラスの中身に口をつける。

「ごほっ……アスカ、お前、これ……ジュースじゃないのかよ?!」

「わざわざジュースの瓶に酒を入れ替えた甲斐があったねぇ。寮長も気付かなかったし」くししし、と口に手を当て、意地の悪い笑みを浮かべる。

「お前……こればれたら俺、卒業取り消しだぞ?! 下手すりゃ退学! アスカは飛び級で3年も前に卒業しているからいいだろうが……」

「別にいいじゃない。ボクも18歳、レイも今日が誕生日で18歳」

「そういう問題か! それに酒は20歳からだ!」

「ヴァレンシュタインじゃ子どもでも飲んでるし」

「犯罪国家を基準にするなよ?!」

 こうして話をしてると、必ずと言って良いほど彼女に主導権を握られてしまう。だからこの時点で、自分は今日、人生最初の酒盛りで酔いつぶれるな、と悟ってしまった。

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